深田サルベージ建設の
価値創造の
歴史と挑戦

「持続可能な社会」の
実現に向けて

当社はこれからも長い歴史で培われてきた技術と経験に最先端の設備と機材で「海」を舞台に社会課題に取り組みます。
創業120年となる2030年に向けた中長期計画を策定し、SDGsの達成に向けた新たな挑戦を続けています。

1910−

1910年

深田海事工業所創業

 1910(明治43)年7月、潜水士だった深田和三郎が総勢5名で本店を呉とし深田海事工所を創業し、主に日露戦争で沈んだ旅順港周辺の沈没船引き揚げや解撤を請け負ったことにはじまります。
日露戦争後の復興景気を追い風に、創業から10年、20年と経るなかで、事業を拡大するとともに、サルベージ技術を磨き上げていきました。のちに、”技術の深田”と呼ばれるように、明治末から大正、昭和にかけて和三郎たちが様々な経験を積み上げて築いたものといえます。

創業者 深田 和三郎

創業者 深田 和三郎

戦艦三笠を引き揚げ

1905年(明治38年)日露戦争後、佐世保港内で沈没した戦艦三笠を引き揚げるために全国から集まった潜水工。(深田和三郎も参加)

1945−

1949年

深田サルベージ(株)設立
海洋工事事業の拡大

 太平洋戦争後の1949(昭和24)年7月、旅順を拠点に活動していた深田和三郎は戦争ですべてを失い、日本に戻り深田サルベージ(株)を設立しました。設立後は瀬戸内海を中心に戦時中に沈んだ船舶の引き揚げをしばらくは行っていましたが、戦争によって破壊された護岸の改修や建設、架橋の修復、灯台の設置などに参入し、1960年代に入ると高度成長期を迎え、港湾増築や架橋などの工事が一気に拡大し、1967(昭和42)年以降は鉄構工事事業の受注額が海難救助事業を上回って、これに伴った積極経営を進めていきました。

 

設立当初のメンバー

設立当初のメンバー
下段中央が創業者 深田 和三郎

1963年 羽田モノレール工事

1963年(昭和38年)
羽田モノレール工事

1970−

拡大から苦難の時代

 本州四国連絡橋事業への参入を決め、大型起重機船やデッキバージに巨費を投入しました。そこに、1973(昭和48)年10月、第4次中東戦争が勃発し、日本列島をオイルショックが直撃しました。政府は総需要抑制政策を行い、物価上昇を抑えにかかりましたが、産業界には不況の波が押し寄せることになりました。結果、本四事業の凍結や金融引き締めにより当社に大きな危機が訪れます。

危機を乗り越えて

 当社の経営再建に、海運・倉庫業大手の辰巳商會が「人は出すが資金は出さない」ことを条件に引き受けた結果、大口債権者である三井物産、三井造船、石川島播磨重工業、トーメンの4社も支援を決め、新生深田サルベージはスタートしました。タリフの改定、原価の切り下げによる収益改善、起重機船などの作業船の売却整理などを行い体質強化に努め、あわせて営業努力も重ねていきました。1975(昭和50)年になると本四事業の凍結が一部解除され、その後は配船調整に苦慮するほどの多忙な日々がやってきました。

1985−

1988年

深田サルベージ建設(株)に改称

 1985(昭和60)年のプラザ合意によって円高が急速に進行し、政府は景気の安定を図るため内需拡大策に乗り出しました。低金利政策や公共事業の拡大により日本はいわゆるバブル景気に突入しました。これにより、本四事業や民間投資の拡大により鉄構工事の受注が増加していきました。そのため、1988(昭和63)年、鉄構土木工事の受注を一層促進するために、社名を「深田サルベージ建設(株)」としました。1990年代になると、港湾整備や京浜・阪神の湾岸道路の建設、関西空港の建設、本四連絡橋A・Eルートの建設などでより売り上げは急速に伸びていきました。そんな中、1995(平成7)年、阪神・淡路大震災が発生し、被災した橋梁や港湾施設、護岸などの復旧工事に取り組み、当社の社会的な存在意義と役割、そして責任を強く認識することになりました。

 

1995年 阪神淡路大震災復旧・復興工事

1995年(平成7年)
阪神淡路大震災復旧・
復興工事

戦艦三笠を引き揚げ

1999年(平成11年)
来島海峡第一大橋

2000−

2010年

創業100年
積み上げた実績と
技術力の結実

 本四事業が終わった2000年代前半は、当社の売り上げも必然的に減少しました。政府は2001(平成13)年の「経済政策に関する基本方針」で公共事業の抑制を打ち出し、公共事業は年々減少して1998(平成10)年からの20年間で公共事業の発注量は半分以下となりました。そのような情勢にあって、当社の売り上げが半減しなかったのは、本四事業で実証した技術力を生かし、その後の沈埋トンネル工事や夢舞大橋のような浮体物曳航作業、長大橋などに強い存在感を有していたからに他なりません。このような環境下、2011(平成23)年3月に東日本大震災が発生しました。この未曾有の災害への救援や復興支援は、再び当社の企業使命を想起させ、社をあげて取り組みました。一方、新たな事業分野への挑戦がスタートしました。海洋資源の調査・開発と洋上風力発電への取り組みです。

2000年 夢舞大橋曳航・係留架設工事

2000年(平成12年)
夢舞大橋(浮体式旋回可動橋)曳航・係留架設工事

−2030

「持続可能な社会」の
実現に向けて

 2007(平成19)年に制定された海洋基本法に基づく「海洋基本計画」、「海洋エネルギー・鉱物資源開発計画」でのメタンハイドレート、海底熱水鉱床などの資源調査に対応すべく船舶・設備の投資を行って、国内民間企業としては先駆的な位置を占めて多くの実績をあげてきました。2010(平成22)年に導入したROV「はくよう3000」を皮切りに、3000m級AUV「Deep1」、また3000m級海底着座式ボーリング機「Unicorn-1」を導入・運用してきました。2015(平成27)年には当社の海洋開発事業の旗艦船「POSEIDON-1」を就航させ、海面下3,000mまで掘削可能なGMTR150を搭載し、「日本近海でのMH掘削調査」を皮切りに、JOGMECによる「海底熱水鉱床採掘・揚鉱パイロット試験」では揚鉱母船として起用され、水深約1,600mの海底から連続的な揚鉱に世界で初めて成功しました。

 

POSEIDON-1

POSEIDON-1

当社はこれからも長い歴史で培われてきた技術と経験に最先端の設備と機材で「海」を舞台に社会課題に取り組みます。
創業120年となる2030年に向けた中長期計画を策定し、新たな挑戦を続けています。